森鴎外の本名は森林太郎(もり りんたろう)です。陸軍軍医としては本名の森林太郎の名で軍医総監(軍医のトップ)まで昇進しました。
1862年(文久2年)、石見国津和野(現・島根県津和野町)の代々藩医を務めた家に生まれました。東京大学医学部を最年少の19歳で卒業し、陸軍軍医となってドイツに留学します。
この留学体験をもとにした『舞姫』(1890年)で文壇にデビュー。以後、軍医としての激務のかたわら小説・翻訳・評論を書き続け、『山椒大夫』『高瀬舟』『阿部一族』などの歴史小説の名作を残しました。ゲーテ『ファウスト』の翻訳者としても知られ、その訳文は青空文庫で読むことができます。
遺言には「余ハ石見人森林太郎トシテ死セント欲ス」と記され、墓石にも一切の官位を排して「森林太郎墓」とだけ刻まれています。文学者としての「鴎外」ではなく、本名の森林太郎として死にたいという意思を貫いた最期でした。