中島敦の死因は持病の喘息による心臓衰弱です。1942年(昭和17年)12月4日、33歳で亡くなりました。『山月記』『名人伝』などで知られます。
中島敦は子どものころから喘息に悩まされ、教員生活のかたわら創作を続けました。1941年には療養を兼ねてパラオ南洋庁の仕事に就きますが、体調が悪化して翌年帰国します。
1942年(昭和17年)2月、『山月記』『文字禍』が雑誌「文學界」に「古譚」として発表され、作家としての評価が高まりました。しかし持病が悪化し、同年12月4日に喘息による心臓衰弱で亡くなりました。33歳でした。
『山月記』は今も高校の国語教科書の定番です。『名人伝』『李陵』『弟子』などとあわせ、青空文庫で無料で読むことができます。